• 畷 太郎

最高裁上告棄却の不当判決(令和2年10月30日)

最高裁には、主として、(1)教育委員会の権限の独立は、学習権の保障に根差しており憲法の要請である。(2)判例が招いている事態を是正する立法を適用せず、判例を適用するのは、国会が唯一の立法機関であることの否定である。として上告しましたが、最高裁は、憲法問題に当たらないとして棄却しました。


原判決(控訴審判決)は、

1.「まちづくり長期計画事業化検討調査の報告書をもって、学校統廃合を定めたまちづくり長期計画を決定した」ことにつき、「市教委が作成した学校統廃合の素案を前提として本件報告書を取りまとめたに過ぎない」として、教育長が定めた学校統廃合の素案を教育委員会の方針だとしました。

 しかし、この報告書以外に「まちづくり長期計画」に係る文書は存在せず、計画が決定されたことは総合計画等の文書に掲載されているので、学校統廃合を決定したわけではなく取りまとめたに過ぎないというのは詭弁です。

 しかも、教育委員会議が定めた学校規模適正化の基本方針は「審議会での審議過程において保護者などへの意見公募を実施しその内容について十分協議する」とし、地教行法は、教育委員会の基本方針の決定や学校統廃合については、教育長に委任できないとしているので、教育委員会議が、教育長が作成した素案を審議会に諮ることを決めただけで、教育委員会の方針となるわけではありません。

 ところが、原判決は校区の決定に、行政手続法の適用はなく、学校適正配置審議会に於いて諮問の範囲を超えて審議することは予定されていないとし、「住民の意見を取り上げない、計画の是非について審議しない」との審議指揮が、教育委員会議の基本方針に反していることを無視しました。

①教育委員会の基本方針に反していることを無視し、②市長が学校統廃合を決めた文書を決定文書ではないとし、③教育委員会の基本方針や学校統廃合の決定は教育長に委任できないとしている地教行法の潜脱に目をつぶる詭弁であり、法による行政のコントロールという法治主義の放棄と言わざるを得ません。

これでは、教育委員会の権限独立は、市長が政治責任を問われないための隠れ蓑でしかありません。


2.市が、中学校整備事業の設計施工一括発注をするに当たり、PFIによりえるのにこれによらず、総合評価一般競争入札で十分考慮し得るまちづくりとの整合を、特定の者しかできないとして随意契約とし、交渉により類似工事例に比して高額な契約をしたことについて、原判決は「類似工事例に基づく個別見積額や本研究整備事業の単価を用いた個別見積額より約3.6億円ないし約4.7億円高額となる」が「交渉の中で提案を受け内容を確定させることが予定されている」から違法無効とは言えないとしました。

 これは、公共工事品質確保法が、総合評価一般競争入札を原則としたことで、価格のみの競争では考慮できない事項がほとんどなくなり、事業者との協議を、特殊な技能設備を要する場合に限ったにもかかわらず、総合評価一般競争入札制度がないときの、随意契約とするか一般競争入札とするかは、契約担当官の裁量とする昭和62年の判例を維持したものです。

 しかし、総合評価一般競争入札を原則とする公共工事品質確保法が制定されたのは、随意契約とするか一般競争入札とするかを契約担当官の裁量とした昭和62年判例のもとで、不適正な契約が行われているとの指摘が絶えなかったためです。ところが、判決は、法令によっても、最高裁判例は変わらないというのです。

 これでは、司法は、立法如何に関わらず、行政手続きを審査しないというに等しいので、日本は法治国家かと、疑わざるを得ません。


 

 


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